立春を過ぎると、冬の鈍い光から春の暖かい光に変わってすべての生きとし生きるものが、芽吹いてきます。まさに、阿弥陀如来のひかりといのち極み無き世界を感じます。
 
 朝のお勤めの時に、毎朝、命日の方の名前を「月命日表」で確認していますが、集中している日や空白の日があり、不思議な気がします。先日、住職勤続30年の感謝状を本山西本願寺からいただきましたが、「これまで、何人の葬儀に関わってきたのだろう」という思いやお念仏をよろこんでおられたなあとか、叱ってくださったなあとか、生前のいろいろな思い出が湧いてきます。
 亡くなった方(往生された方)が、生きているものを導いてくださっていることを実感します。お参りすることの意味がそこにあるように思います。

 仏説無量寿経に、「仏仏想念」という言葉があります。
仏さまと仏さまがお互いに相手を思いやるという意味だと受け取っています。そして、この言葉は、仏の世界だけでなく、今生を生きる僕たちも、そうあってほしいという仏さまの願いなのだと受け止めています。
 これまでに出逢ったたくさんの人々、動物、植物、鉱物、あらゆる生きとし生きるものすべてが、仏さまの権化であったと受け止める時、大きなエネルギーやパワーがみなぎってくるように感じます。
 叱ってくださった方、苦言を呈してくださった方、やさしい言葉をかけてくださった方、好きだった人やきらいだった人も含めて、全ての出会った方が、僕を育ててくださった菩薩様や如来様に思えます。そのように受け止める時、これが、仏仏想念かなと、勝手に解釈しています。
 ある霊的能力の優れた方から、「あなたには、何万もの守護霊が見える。」と言われたことがあります。その時は、そんな馬鹿なと思いましたが、よく考えてみると、これまで交流のあった方や 亡くなった人も含めて、僕に力を与えてくださっているように思います。
 実際はそうでなくても、そう感じることが、生きる力の源ではないか、そんな感じがしています。
 その時は、いやな思いをしても、後から懐かしく思えたり、ためになったり、・・


 







とにかく、全てを受け入れ、何一つ無駄ではないと思うことが、幸運を招くような気がします。
 反対に、恨みや妬みを引きずり、他人や世間のせいにすると、だんだん不幸の沼に引きずり込まれていくのだと、メディアの報道に接するたびに感じています。
 また、自利利他円満(じりりたえんまん)という相手も自分もお互いがよろこぶ心にも通じます。
 トランプ元大統領のアメリカファーストや小池東京都知事の都民ファーストは、人権や平和をないがしろにする差別的な考え方だと思います。○○ファーストは、○○以外のものは、除外されるという意味を含んでおり、仏教で説かれる中道思想とは相容れないものです。
 3月は、春分、お彼岸です。暑さ寒さ、昼夜の長さ、バランスのとれたいい季節です。どちらも大事で、偏らない思いを大切にすることを学ぶ季節でもあります。
          「仏仏想念」素敵な響きです。
ちなみに、親鸞さまは、法然様のことを勢至菩薩や曇鸞大師の生まれ変わりだと思い、恵心尼さまは、親鸞さまのことを観音菩薩の化身として尊敬されました。「仏仏想念」の表れです。


3月の行事予定(住職動静)

3日 曲川小学校 学校運営委員会
10日 伊万里栄町歌う会
13日 むりょうじゅ会
    *7時30分 お勤めと法話(歎異抄を味わいます。)   
15日 有田町外尾町 高齢者サロン
   有田町 歴史民俗資料館 評議委員会

19~21日 
春の彼岸法座 夜7時半~ 
    20日は、午前10時からもお勤めします。

21~22日 
武雄市若木 厳教寺 彼岸法座出講
23日 有田町下山谷 高齢者サロン
24日 伊万里栄町歌う会 

29日 南家一統 先祖法要 下本南家一統先祖墓
















  新シリーズ「地域の古いもの」
 ⑯
お顔のない
お地蔵さま

    (下内野・他)



 下内野の公民館横にお顔のつぶされた六地蔵さまがあります。
新しいものは別にして、古くから遺されているものは、ほとんど、お顔がつぶされたり、頭のないものが多いようです。これは、風化したり、自然になくなったものではありません。
 慶応4年3月13日太政官布告の神仏分離令によって、廃仏毀釈運動が全国的に展開されました。仏教を廃止し、釈迦の教えを棄却する動きは、寺請制度によって支えてきた徳川幕府の民衆支配に対する明治新政府の方針だったのです。
 薩摩藩などは、新政府の中心だったので、特にひどかったようで、1616ケ寺が廃寺となり、3000人近くの僧侶が還俗させられています。
 安徳天皇や平家を祀っていた下関の阿弥陀寺(耳なし芳一伝説のお寺)も廃され、赤間神宮になりました。
 奈良の興福寺の五重塔も25円で売りに出され、薪にされそうになったといわれてます。
 程度の差こそあれ、明治政府の強権的な施策で、どれほどの仏像や国宝が失われたか、イスラム国の横暴と似通っています。
 全国各地で、吹き荒れた廃仏毀釈の動きは、大きなお寺だけでなく、路傍の観音様やお地蔵さまにも被害が出て、誰がやったのか定かではありませんが、仏像の首を取ったり、顔をつぶしたりして、その流れに民衆も流されたのでしょう。
 上記の下内野の六地蔵さまも、その流れの中で、お顔をつぶされて、無残な姿になっておられます。
 
そのほか、有田町内にも首がなかったり、お顔がつぶされたお地蔵さまや観音様が多数見受けられます。(三空庵広場のお地蔵様など) 下の写真は、下本にある中十里にあった五輪塔の破壊されたものと胸から上のないお地蔵様です。

   

上体のない観音様(中十里)  首のないお地蔵様(中十里)  正覚さんの石碑(大山小裏)


★大山小学校裏の墓地の入り口にある「正覚さんの碑」も金づちかゲンノウで叩かれたような割れ方をしています


一口法話    2021.3 桃谷法信

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仏仏想念(ぶつぶつそうねん)