足元の幸せ
2013.5 桃谷法信
 動物と植物の大きな違いは、その存在の移動ができるかどうかです。(本当は、植物の方がたくさん移動しているかも)
動物は、動き回ることができるので、自由のように思われますが、本当に自由なのでしょうか。
若い時は、どこへでも軽々と動き回っていたのに、年を取ってくると、動き回るのが億劫になっている自分にびっくりしています。
 それでも、お金と時間があれば、旅行もしてみたいと思う欲張りな自分もいて、そのことにもびっくりです。

 山のあなたの空遠く 「幸
(さいわひ)住むと人のいふ。
(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて、涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く 「幸
(さいわひ)住むと人のいふ。

カール・ブッセの詩「山のあなた」を上田敏の名訳で読んだのは、高校の教科書でした。あの頃は、この詩のように、幸せは、山の彼方にあるものばかりと思っていました。
 しかし、近頃、身近なところにも幸せの種は転がっていると思うようになっていた矢先、4月29日の朝、NHKTVのアサイチの時間に、82歳の植物写真家、埴沙萌(はにしゃぼう)さんの日常を紹介した、「足元の小宇宙〜82歳植物写真家と見つめる生命〜」をたまたま見てしまい、そのシーンに圧倒されてしまいました。

 スポットがあてられたのは埴沙萠(はにしゃぼう)さん82歳です。趣味で写真を撮っていたら写真家と呼ばれるようになったという埴さんはありとあらゆる種類の植物を楽しみながら写真に収めています。(群馬県新治村在住)
 自前の豆鉄砲でさやが弾ける瞬間の写真や、強いライトを当ててキノコの胞子が空中に舞う幻想的な光景が放送されました。普段の生活の中で、私たちが目にも留めないような植物の営みの瞬間を捉え、子孫を残すための花粉の飛ぶ様、種の飛びだす様子、 胞子が漂う所など、北極のオーロラを見ているようで、神秘的な映像の数々にただ驚くばかりでした。
 

 70歳を過ぎて始めたというパソコンを駆使し、写真と詩を綴ったブログを発信しておられます。(http://ciabou.com/ciabou)
 毎朝、散歩と称して、カメラを4、5台、と交換レンズをリュックと手下げにつめて、登山用のピッケルを持ち、空や木や草花や犬に話しかけながら出かけられます。ピッケルは、杖の役目ばかりでなく、カメラを載せれば、三脚の代わりにもなります。●フキの胞子が飛ぶ様子を撮影しようと待っておられたのに、青空が雲にさえぎられて、2時間近くも青空待ち。でも悪びれずに、青空のご機嫌が悪かったと帰路につかれます。
●つくしの坊やがはじける頃の顕微鏡写真映像にも、心を奪われました。つくしの胞子緑色のまあるい玉に4つの綿の手足がついていて、埴さんが息を吹きかけると、手足が玉をつつみこみます。すぐに綿毛の手足が伸びて、二つ並ぶと、まるで舞踏会でワルツを楽しんでいる様に見えました。
●葉っぱが落ちたあとを葉痕(ようこん::葉印とも言う)と言うそうですが、その小さな表情が、猿や羊の顔のようで、とても面白かったです。
 ここまでかいて、埴沙萌さんをネットで検索したら、ブログのアクセル数は、20万を越えていました。4月29日の放映の後は、アクセスできなかった人が多く、すごい反響だったんだということが分かります。
ずっと見ていたら、もう明け方の4時になりました。
 伝教大師最澄さんが比叡の山に遺して下さった「脚下照顧」という言葉を思い浮かべた素敵な番組でした。埴さんは、何よりも「いのち」の不思議を撮り続けておられます。ナモアミダブツです。

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